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『野心のすすめ』“ゆ~る”でない生き方

林真理子氏の『野心のすすめ』を読みました。


野心のすすめ (講談社現代新書)野心のすすめ (講談社現代新書)
(2013/04/18)
林 真理子

商品詳細を見る



一言でいえば、忘れかけていた「チャレンジ精神」を思い出させてくれる本です。
「自分ももう一花咲かせよう、いや咲かせねばならない」と発奮させられる本、
とでも言ったらいいでしょうか。

「野心」という言葉には、林氏の言う通り
「腹黒かったり身の程知らずであつかましいイメージ」があります。
およそ、平均的な日本人の心にはそぐわない、
ある意味、過激な言葉ではないかと思います。



氏に倣ってまーさんも「野心」を辞書で引いてみました。
すると、以下のように載っていました。

その人の経歴からは到底実現できそうもないとだれもが思っていることを、見事にやってのけて世間を驚かせようとひそかに抱く気持。(『新明解国語辞典 第六版』)

さすが新明解、いつもながら感心させられる面白さです(注)。



「野心」は「ひそかに抱く気持」だとすれば、林氏のように、常に「なりたい自分」を公にしてきた場合、それは「野心」ではなく言ってみれば「公開アファメーション」(??正確には少し違うと思いますが・・スイマセン)に近い気がします。が、ともかく、そのようにして氏は様々な欲望を思い通りに実現してきたのであります。



本書は、まーさんにとって「共感」「疑問」
両方の部分があります。以下、まとめてみます。



「共感」
○氏が三十を過ぎて「無知の知」(ソクラテスの教え。氏の解説を引用すると「自分が何も知らない、ということを知っている人間は、自分が無知であることを自覚していない人間よりも、もっといろいろなことを知りたい、学ばなければならない、と思える点で勝っている」)に目覚めたということ。
自分が無知であることは、まーさんも日々痛感しており、時に己が可哀想になるほどでもありますが、それこそが重要なのだという「無知の知」の教え、勇気づけられます。林氏もおそらくそうして自分を鼓舞してきたのではないかと推察します。


○世の中には歴然たるヒエラルキーが存在し、三流は三流で固まりやすく、ぼんやりしていてラクで、居心地が良いがつまらない)。一方、一流の人たちは本当に面白く、全てが輝きを放っており、そこに上り詰めるのは大変だが、ずっとこの人たちと一緒のところにいたいと思わせられる。
本当にその通りだと思います。何かを極めた人の面白さ・オーラはとてもまぶしく楽しく、とてつもないパワーをもらうことが出来ます。自分もそうありたいと強く願うようになります。


○たまには気前良く、自分に投資することは必要。好奇心の赴くままに行動したり、ここぞというときに前へ進んで行くためにも、人生を豊かにしてくれるお金は不可欠である。
この考え方から、氏は「女性も仕事を持って働くべき」と強く主張するのでしょう。確かに、魅力的な人間になるためには、自分への投資は絶対に必要だと思います。


○野村克也氏のことば「自分は特別な人間だという自信と、自分は普通の人間だという謙虚さ。この二つを持っていたい」

非常に重要な視点、バランス感覚だと思います。どちらか一方しか持ち合わせていない場合、あるいは人間的魅力に欠ける可能性も生まれると感じます。


○林氏は、現実に野心と向き合うのが怖くて、なかなか小説を書き出すことが出来ず、編集者の強い後押しで、ようやく腹を決めた。
分かるなあ。まーさんも「現実に野心と向き合うのが怖くて」こころざし半ばで諦めた事柄がいくつもあります。自分は『山月記』の李徴そのものだなあ、と心底あきれて自分にダメ出しし、焦燥感であふれかえっていました(ごく最近まで)。


○人に否定されたら、悔しい気持ちをパワーに変えていく。
無理だと思ってもやる。ここまでという枠を決めてやると、今の自分以上には成長できない。
○小林由紀子氏の話
「女性は入社後数年は「ウサギ」として可愛がられ、その間に仕事を覚え人間関係を築かねばならない。最初から「トラ」をやっていると生意気と嫌われる。が、いつかは使われる立場を脱却してトラにならねばならない。」

息子が生まれる前、仕事をしていた時のまーさんを思い出します。まさしくこんな感じでした。「悔しさをバネに」「無理してもやる」「ウサギのふりして実はトラ」
ただもう使命感と自己発展の欲求に突き動かされ、がむしゃらに仕事をしているうちに、まーさんは体を壊したのでした。



「疑問」

これは何といっても「専業主婦に関する林氏の見解」です。
氏は言います。
「家庭生活や子育てで人間が成長するということ自体は否定しないが、それは仕事での成長の比ではない。「子育てで人間的に成長しました」というのは単なる自画自賛だし信用していない。仕事でイヤなことに堪えていく胆力を鍛えていれば、子どもがないたくらいでうろたえない人間力は自然に身についている。」

・・・???
そうでしょうか?
詳細は忘れましたが、以前キャリアとしてバリバリに働いていた女性が、出産を機に退職して専業主婦になった途端、うつ病になったという記事を読みました。
「子育て」がどれほど大変で責任の重い仕事か。これは核家族で周囲の援助もほとんどなく、たった一人で育児を行っている専業主婦の皆さんなら、頷いていただけることだと思います。

林氏は専業主婦の経験がないので仕方のないことだとは思いますが、「育児での成長」と「仕事での成長」は全く方向の異なる種類のものです。育児は“幅が広がる成長”で、仕事は“縦に伸びる成長”という気がします。どちらも自己発展には変わりありません。

専業主婦はシャドーワークです。他者からのリスペクトもなければ金銭的報酬もありません。確かに氏の言う通り「自己顕示欲の少ない人」しか、この仕事には耐えられないと思います。

仕事をしながら子育てをするまーさんの友人達は、
「仕事がなかったら耐えられない。子供と一日中べったりなんて考えられない。保育所の先生は、しつけから何から全部面倒見てくれるので、本当に助かる。小学校に上がったら誰も面倒見てくれないので不安。」
「仕事は社会との接点を持てるという意味で生きがいになっている。自分も社会で役に立っているという満足感がないとやっていけない。」
と言います。

確かにそうですね。育児を一人で背負うのは本当にキツイし、シャドーワークに徹するには、相当の勇気と覚悟がいるのではないかと思います。
まあ、だからこそ林氏は「女性も仕事を持つべき」と言い切るのでしょうけど。

「夫婦がそれぞれに働いている(自立している)からこそ確認できる愛情がある」とも言っています。
それも一理あるでしょう。

しかし、ワーカホリックとどっぷり専業主婦の両方を経験したまーさんが今思うのは、ベクトルの違う二つの仕事はどちらも大変だし、それ相応の覚悟や生き方の見極めがないと、不満だらけの生活になる、ということです。

「人間にとってのいちばんの幸福は人から必要とされること」と氏は言います。また「人には人それぞれの生き方がある」とも言います。
人から必要とされる野心を、どの地点に見いだすか。仕事か、家庭か、はたまたボランティア等の社会活動か。
それこそ人それぞれだと思いますが、最初に戻りますと「野心」=「高望みをやってのけて世間を驚かせようとひそかに抱く気持」だとすれば、氏の言うように人生を俯瞰的に見て、自分の送りたい人生の目標を決め、それに向かって努力することが必要なのだと思います。

「野心」と「努力」は車の前輪と後輪のようなものだと林氏は言います。他者との比較でなく、自己実現に向けて努力する自分との戦い。一つの成功が更なる幸福願望を呼び寄せ、肥大化し続ける野心を満たすべく努力を続ける日々。

氏の最後の言葉はこうです。
「人の一生は短いのです。挑戦し続ける人生をの第一歩を踏み出して下さる方が、一人でも増えることを祈ります。」



そうですか――
「野心を持ち自己実現のために将来を見据えて努力を重ねること」現在のまーさんには、正直言って全く存在しない視点でした。
むしろ「今ハートの声に従って、刹那を大切に楽しく生きる」ということばかり考えていた気がします。
しかし、「野心と努力」と「刹那主義」は一見すると全くの別物ですが、もしかしたらこれを止揚するためのカギとなる何かがあるのではないか。それは「ハートの声に耳を傾ける」ということと深く関係するのではないか、とふと思ったりもしました。

それにしても、「野心」を持ち続け、恒常的な焦燥感と飢餓感を抱えつつ努力を続ける林氏の生き方。
まことに僭越ながら、かつての自分に近い感じを持ち、懐かしくも息苦しい気持ちを持ちました。同時に、氏の見解は、日本人特有の「横並び意識」「村社会」に批判的な一石を投じた気もして、ある種の爽快感も覚えました。

しかし、ごく最近「穏やかに生きる幸せ」に目覚めてしまったまーさんからすると、本書を読んでも、「よし!野心を持たねば!」とはならず、「野心、大切かもね。でも一瞬先はどうなっているか分からないこの世で、先々の目標のためだけに今を使うことはしたくないな。ではこれをどう止揚するか。」
と、また同じところに考えが戻って来るのであります。

まあ、とどのつまり「野心」という程のギラギラした感情はとっくに消えてしまって、「ゆるやかに面白いことを探している」のが、今のまーさんなのです。

とはいえ、友人達の言うように「自己の社会的有用性を確認する」ために、仕事を持つことも大切かもしれませんね。
最近は頭から消え去っていた「仕事」のことを考えるきっかけを与えてくれた本、それが『野心のすすめ』ということになりましょうか。

何とも“ゆ~る”な感想で締りがありませんが(笑)、ここまで長文にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。



(注)『新明解国語辞典』は、面白い記述で有名な辞書です。
   例えば「恋愛」を引いてみると
   「特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無い
   と思うような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、 
   二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、
   それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば
   不安になるといった状態に身を置くこと。」
   とあります。
   わはは~~となりますよね。




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わかめご飯と・・・

昨日の夕食は「わかめご飯」でした。
息子のリクエストです。
給食で食べた味がよほど気に入ったらしく、
昨日もお代わりをして食べていました(笑)



夕方、「わかめご飯に合うおかずは何かなあ」
と考えつつ、本棚の料理本を眺めていると、
おお、良い本がありました。
これです。
『日本のおかず』(京味 西健一郎 著 幻冬舎)

日本のおかず日本のおかず
(2008/03)
西 健一郎

商品詳細を見る


数年前にかなり話題になり、
本屋さんに平積みされていた本です。
ぱらぱらとめくってみると、
美味しそうな日本のおなじみ料理が満載。
東京新橋の割烹「京味」の西健一郎氏による家庭料理。
懐かしいものばかりですが、やはり丁寧で工夫されていて、
さすがプロの仕事、という感じです。



以下、西氏の言葉を抜粋してみます。

「味を迎えに行く」と私はよくお話しています。
それは、素材の一番美味しい時期を知って、
料理を作るということです。

昔のおかずには、その季節に美味しくなるもの同士が
使われています。(中略)
これこそが、料理を美味しくする一番のコツだ
ということを教えてくれているのが
「日本に伝わるおかず」なのです。先人の知恵は、
本当に素晴らしいものだとつくづく思います。
是非、日本の旬の恵みを生かした、より美味しい料理を
食卓に並べ、この食文化を将来の日本に生きる人たちに
伝えて下さい。




いや、全くその通りですねえ(しみじみ)。

・・・で、今日のおかずは、何にしましょう??
ということで、本書と家にある材料を見比べつつ、
二品を選んで作りました。



一つは「さつまいもの甘煮」
IMG_0868_convert_20130927042016.jpg
さつまいもは息子が大好きです。
砂糖・濃い口しょうゆ・薄口しょうゆで煮ます。
透き通るような上品な甘さで、
思わずうなってしまいます(驚)



もう一つは「茄子の柚子味噌炒め」
IMG_0869_convert_20130927042039.jpg
茄子は家族みんなの大好物。特に今日のような
田楽味噌を使った献立は人気です。
じっくりと焼き色がつくまで炒めた茄子は
とても美味しい・・・!!



そして、昨日の夕食全体はこちら。
IMG_0889_convert_20130927042103.jpg
○わかめご飯
○海老しんじょう・ネギ・エノキダケの味噌汁
○さつまいもの甘煮
○茄子の柚子味噌炒め
○サラダ
○ゴボウの漬物
○いか塩辛、いかウニ和え
夫と息子には、ここに「ささみカツレツ」も加えました(笑)


一日の終わりに、丁寧に作った季節料理をいただく・・・
これだけで、ものすごく満ち足りた気持ちになるのです^^


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秋にはやはり・・・

急に寒くなってまいりましたので、今日は美容院の帰り、
秋冬のアイテムをそろえようと、
靴屋さん、洋服屋さんをあちこち見て回り、
楽しい時間を過ごしました♪



火曜の夜は、毎週出掛ける用事があるので、
その前に家事を早めに終えねばなりません。
今日は昼間の外出が長くなり、
結構タイトなスケジュールとなりました(汗)



しかし最近、まーさんは、ン十年ぶりに実家から持ち出してきた
クラリネットを吹くようになり、
一昨日買い求めたばかりの新しいリード(木管楽器のマウスピース
に付ける、葦などでできた薄い板)をどうしても試したくなって、
忙しいのに窓を閉め切ってブーブーやってしまいました( ゚Д゚)

演奏するのは主に、昔吹いた曲、それにいつもはピアノで弾いている
坂本龍一氏の曲やスタンダードナンバー、ジャズなどです。
昔ほど上手く吹けないのがちょっと残念ですが、
それでも、あの木管独特の柔らかい響き、心が癒されます(*´з`)



今日は何となく気分で「The Shadow of Your Smile」を吹きました。
映画「いそしぎ」のテーマ曲です。

まーさんはこの曲、小学生の時にピアノのスタンダードナンバー集で知り、
良い曲だなあ、と思って何度も弾いていました。
その後、これが映画のテーマ曲であることを知り、
ぜひ観てみたいと思っていた矢先、
たまたま昼間のTVで放送していたので、これは!!と思い観てみたのです。
中学生、いや高校生ぐらいの時だったでしょうか。
そして思ったのは。
「なんと背徳的な映画・・・」
・・・若かったですね、まーさんも(苦笑)

今思えば、そんな背徳的なんていう大げさなものではなく、
“単純なメロドラマ”なのでしょうけど――
当時は「自由奔放なシングルマザーと、敬虔な牧師(息子の学校の校長)との不倫」
というストーリーは、なんともはや・・・
いいのかなあ~~という感想を持ったものです、ハイ。




というわけで、今宵はその「いそしぎ」のテーマ、
「The Shadow of Your Smile」をば・・・



両親が好きだったフランク永井。子供の頃よく聴いてました。





今日の記事、「ゆ~る・じゃぱん」??
という疑問を持ちつつ、
日本が誇る美声の持ち主、
フランク永井のご紹介が出来たということで、
これはやはり「ゆ~る・じゃぱん」なのでございます(^-^;



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彼岸花~秋分~

今朝、道端に彼岸花を見つけました。
曼珠沙華とも言いますね。
IMG_0847_convert_20130922151939.jpg



曼珠沙華咲く野の日暮れは何かなしに
         きつねが出ると思ふ大人の今も
                     木下利玄 


小学生の時に暗誦したこの歌が、脳裏に浮かびます。



いつも当ブログでご紹介している本、

『日本の七十二候を楽しむ―旧暦のある暮らし―』
(文 白井明大 絵 有賀一広 東邦出版)


を見ますと、本日9月22日は、七十二候でいう
「雷乃声を収む(かみなりこえをおさむ)」
にあたるそうです。



本ページには、以下のように記述されていました。

○候のことば:おはぎとぼた餅
○旬の魚:はぜ
○旬の野菜:松茸
○旬の草花:彼岸花
○旬の行事:秋の社日
○旬の兆し:鱗雲、鰯雲、鯖雲

旬の草花は、やはり彼岸花なのですね。



「秋分とは、春分と同じく昼夜の長さが同じになる日のこと。
これから次第に日が短くなり、秋が深まっていきます。」

上記の本からの抜粋です。




昨今は、吹く風も涼しく、秋の気配がそこここに漂っています。

「雷乃声を収む」頃、
人も自然も徐々に秋冬に向けての準備を始めていくのですね。


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世界の人の秋

月見てもさらにかなしくなかりけり世界の人の秋と思へば(*)


昨日のお月見、まさにこんな感じで・・・
ムードもへったくれもありませ~ん(苦笑)
息子と二人だと、まあこんなものでしょう(汗)
ワイワイガヤガヤ、楽しい月見の宴??にはなりました。



まずは夕方から団子作りです。

「オレも作る!!」と意気込む息子と共に、
粉と砂糖を、ぬるま湯でこねこね(^^)
すりこぎで生地を搗く時なぞは、
力任せにすり鉢をどんどん叩く息子さま。
割れるかと思いました(@_@)
でも楽しそうでした・・・(^^ゞ

その後、生地を15等分して丸めていきましたが、
2人で「あーでもないこーでもない」とやってますので、
団子はどれも、いびつな形に( ゚Д゚)
・・・ま、まあいいでしょう、面白くて美味しければそれで(笑)

というわけで、出来上がった月見団子と里芋、
そして、昨日のうちに買っておいたススキ
(やっぱり花屋さんにありました)を、窓際に飾ります。

こんな感じです。
IMG_0832_convert_20130920161907_201309201620401f8.jpg
ススキとお花がばらんばらんしてますね(汗)



この後カーテンを開けて、
お月様からお供え物が見えるようにセッティング。
そして夕食にしました。



昨日の献立はこちら。
IMG_0843_convert_20130920161936.jpg
☽松茸おこわ
☽ネギと豆腐の味噌汁
☽ぶり刺身
☽トマトサラダ(オリーブ油・塩コショウ・パルメザン)
☽揚げ出し豆腐
☽ナスの漬物

です。息子リクエストのおこわが、
ちょっと秋らしい雰囲気を醸し出しています。



・・・で、あとは月をしばし眺めてから、
美味しく食事をいただきました。
食後、「もう団子食べてもいいでしょ~~」と、
期待通りのリアクションで、
さっそく息子は団子に手を伸ばしていました(爆)



それにしても、昨夜の月は、本当に綺麗でしたね^^
夜も更けてから、まーさんは一人ベランダで、
美しい月の光に酔いしれたのでありました・・・



(*)つむりの光の狂歌(出典『徳和歌後萬載集 巻第三』)
   <現代語訳>
   月を見ても、いっこうに悲しくもなんともない。
   世界じゅうの人々すべでが、
   この秋にめぐりあっているのだと思えば。


   この歌の本歌はご存じ、

   月見ればちぢにものこそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど
                           大江千里
  
  
   です。百人一首でおなじみですね。 
   本歌の一語一語を逆に言ったこの狂歌、
   思わず笑っちゃいます。


*参考文献『日本古典文学全集46 黄表紙 川柳 狂歌』(小学館)
                     


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「中秋の名月」を前に

明日は「中秋の名月」でございます。

まーさんの家では、毎年月見だんごと芋を供え、
ささやかなお月見の宴を開きます(笑)




中秋の名月

旧暦八月十五日の満月は、中秋の名月。
またちょうど里芋の収穫の時期にあたり、
芋名月と呼び、豊作への感謝を込めて芋をお供えするならわしも。
満月の前後の呼び名は、十三夜、小望月、十五夜、十六夜、立待月、
居待月、寝待月、更待月と。一夜一夜の月に名をつけるほど、
月が身近に、愛でたい存在としてあったのでしょう。
また、十五夜が雲に隠れて見えないことを無月、雨が降ることを雨月と、
雲の向こうの満月を呼びならわしました。

『日本の七十二候を楽しむ―旧暦のある暮らし―』
(文 白井明大 絵 有賀一広 東方出版)





明日に備えて準備せねばならないものは、

*月見だんごの材料
*里芋
*すすき・萩

だんごの材料、上新粉・白玉粉・砂糖は家に揃っています。
里芋も、少し小ぶりですが、ストックしてあります。
問題は・・・
――すすき・萩です(*_*)

まーさんは田舎育ちなので、お月見にお供えする「すすき・萩」は、
その辺で難なく調達できるものと認識していました。
しかし、現在の住まい周辺には・・・全く見当たりません(汗)
はて、どうしたものでしょう??

毎年これに頭を悩ませ、結局、だんごと芋だけをお供えして、
終わってしまっていたのでした( ゚Д゚)

しかし今年は、何とか「すすき・萩」を調達したい・・・

やはり頼みは、七夕の時同様、“お花屋さん”ということになろうか・・・

七夕の笹が売っていたのだから、すすき・萩も売っているのではないか???



というわけで、今日・明日と予定がギッシリの中、「すすき・萩」を探して、
あちこち彷徨ってみたいと思います(そんな時間あるか~~???)



IMG_0825_convert_20130918111305.jpg
母の墓参からの帰宅途中、寄り道したコンビニ脇の風景。
草むらの向こうに、ソバ畑です。
つまり、これに近い感じの田舎に住んでたんですね、まーさんは。



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おぼしき事言はぬは

台風18号の影響が、全国に広がっております。
皆さまが、何事もなく無事に過ごされますことを、
お祈りいたします。



さて、まーさんが「野分(台風)」で真っ先に思い出しますのが、
『徒然草』でございます。

えっ?『枕草子』『源氏物語』じゃないの??
という声が聞こえてきそうですね。

しかし、高校時代に勉強した『徒然草』の記述が、
まーさんにとっては非常に印象深く、
実は野分の描写はほんの少しなのですが、
その後に続く兼好の見解が思わず頷いてしまうもので、
今でも折に触れ、思い出すのです。

暴風の戸外を横目に見ながら、ちょっとこの『徒然草』第十九段、
引用してみたいと思います。


『徒然草』 第十九段

折節のうつりかはるこそ、ものごとにあはれなれ。
(中略)又、野分の朝こそをかしけれ。
言ひつづくれば、みな源氏物語・枕草子などにことふりにたれど、
同じ事、又今さらに言はじとにもあらず。
おぼしき事言はぬは、腹ふくるるわざなれば、筆にまかせつつ、
あぢきなきすさびにて、かつ破り捨つべき物なれば、人の見るべきにもあらず。



<現代語訳>
季節の移りかわるさまは、なにごとにつけても情趣深いものである。
(中略)また、野分のあくる朝の有様は、まことに興趣のあるものである。
このように言いつづけると、みな『源氏物語』や『枕草子』などに、
言いふるされてしまっていることであるが、同じことを、
またこと新しく言うまいと思っているのでもない。
胸にたまっていることを言わないのは、腹のふくれる思いのすることであるから、
筆にまかせながら書く、つまらない慰みごとであって、書くいっぽうから
破って捨てるはずのものだから、人が見る価値のあるものでもない。




「おぼしき事言はぬは、腹ふくるるわざなれば」
ここです!!ここに当時高校生のまーさんは、非常に共感し、
”我が意を得たり“の感を持ったわけであります。
もちろん、今でもこの感覚は持ち続けています。



自分の書いていること、言っていることのほとんどは、
すでに先人の言い尽くしていること――つまり「今さら」なわけです。
しかし人は、心に浮かんだ思いや感動を、どうしても表現せずには
いられない――



先行文学に言い尽くされていることを、再び繰り返すおのれの有様を、
「分かってるけどね、言いたいことを言わないのは鬱屈が溜まるからさあ」
「人に見せられる代物じゃないけど、筆にまかせて書いているってわけ」
と、言い訳めいたことを書く兼好の人間臭さに、妙に親近感を覚え、
「そうそう、そうなんだよねえ」
と頷いてしまうわけであります・・・



人間が抱く思いや感動は、時代や環境、あるいは人種を超えても変わらないことを、
書物は教えてくれます。
しかし同時に、似たような経験でも、各人の心のフィルターを通して見えたものは、
やはり少しずつ異なっていることを教えてもくれるのです。



例えば、「リンゴ」という言葉を聞いた時、人々の脳裏に浮かぶイメージは
それこそ十人十色です。赤リンゴを思い浮かべる人に青リンゴを思い浮かべる人、
青森を思い出す人、長野を思い出す人、リンゴにまつわる特別なイメージが
浮かぶ人・・・
同じ言葉を聞いてもその背景には、全く違うドラマが展開するわけです。

そこにまーさんは、言葉の虚無性も感じますし、
逆に言葉の限りない創造性も感じます。

バベルの塔じゃありませんが(いや、たとえ同言語であっても)、人間同士は、
言葉というツールで、全く同じイメージや価値観を共有することはできません。
つまりこれが、人間の根源的な孤独の源だと思うわけです。

しかしそれは、両刃の剣でもあります。
つまり、だからこそ我々一人一人の心に広がる宇宙は、唯一無二のものであり、
人の心は代替不可能な、完璧な独立した世界なのだという証明にもなると思うのです。
限りない自己肯定観と、他者尊重の意識――私が全てであり、全てが私であるという
無限の広がりと創造を感じることが出来るのです。



大分話はそれましたが・・・
ほんと「つれづれなるままに」ですな(笑)

ともかく「おぼしき事言はぬは、腹ふくるるわざなれば」ですよ!

だからまーさんも、当ブログで「筆にまかせつつ」
アウトプットを繰り返しているわけであります(爆)

IMG_0816_convert_20130910094348.jpg
明日はこんな天気になるでしょうか・・・


*参考文献『日本古典文学全集27 方丈記 徒然草 正法眼蔵随聞記 歎異抄』
                               (小学館)




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ま―さん超訳『平家物語~忠度都落ち~』その三

今日は、母の墓参で、帰宅が夜になりました。
明日からは台風の影響で、天気は大荒れの様子。
今日のうちにお参りできて、ほっとしております。



さて「忠度都落ち」、今回でいよいよ最終回です。




『平家物語』 巻第七「忠度都落ち」 その三




三位(藤原俊成)はこれ(忠度から渡された巻物)を開けてみて、

「このような忘れ形見をいただきましたうえは、

決していい加減には思いますまい。

そのこと、お疑いなさいますな。

それにしても、あなたが今お越しになったこと、

風情も非常に深く、

しみじみとした思いも特にすぐれて感じられ、

感涙をおさえきれません。」

と仰った。


すると薩摩守(平忠度)は喜んで、

「今は西海の海に沈むのならば沈んでもよい、

山野に屍をさらすのならばさらしてもよい、

もはやこの世に何の未練もございません・・・

それでは――お別れを申します。」

と言って、馬にうち乗り、甲(かぶと)の緒をしめ、

西に向かって馬を進められた。


三位は後ろ姿を遠くまで見送って立っておられると、

忠度と思われる声で、

「前途程遠し、思を雁山の夕の雲に馳す」(*)

と、声高らかに口ずさまれたので、

俊成卿は、ますます名残惜しく思われて、

こみ上げる涙をおさえて邸内に入られる。



その後、世が治まって、三位殿は(勅撰集である)

「千載集」を編集なさったが、忠度のあの時のありさま、

言い残して言った言葉を今改めて思い出して

しみじみとした感慨が深かったので、

あの預かった巻物の中に、入集にふさわしい素晴らしい歌は

たくさんあったけれども、勅勘(天皇から咎めを受けている)の人

であるので、名字を公にせず、

故郷の花という題で読まれた歌一首だけを、

「よみ人知らず(作者不明)」としてお入れになった。


    さざなみや志賀の都はあれにしをむかしながらの山ざくらかな 

    (志賀の旧都は荒れてしまったが、長等山の山桜は昔そのままだなあ)
 
 

その身が朝敵となってしまったからには、とやかく言える

ことではないが、いかにも不本意な、悲しく残念なことである。




(*)『和漢朗詠集』下「餞別」(大江朝綱)の前半を引いたもの。
   雁山は中国山西省にある雁門山。この句は、渤海国に帰る使者を送る際に
   再開の期しがたいことを述べている。







皆さま、いかがでしたでしょうが。
忠度と俊成の細やかな心のやり取りと、『千載集』撰集における秘話。
しばしこの「あはれ」の余韻を、皆さまとともに味わっていたいと思います。




なお、小学唱歌「青葉の笛」二番の後半部分、

今わの際まで
持ちし箙に 残れるは
「花や 今宵」の歌


とありますのは、『平家物語』巻第九「忠度最期」のエピソードを踏まえております。
もし、ご興味を持たれましたら、こちらもぜひ、お読みいただけたらと思います。




数回に亘りまして、まーさん超訳『平家物語』にお付き合いいただき、
ありがとうございました!!



*参考文献『日本古典文学全集30 平家物語⑵』(小学館)



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まーさん超訳『平家物語~忠度都落ち~』その二

今日は、前々回に引き続き、「忠度都落ち」の第二回目です。




『平家物語』 巻第七「忠度都落ち」 その二



薩摩守(平忠度)がおっしゃったことには、

「ここ何年もの間、三位殿(藤原俊成)に歌のことをご指導願い、

お教えいただいてから、歌のことも三位殿のことも

疎略にお思いすることはありませんでした。

しかし、この二、三年は京都の騒ぎ、各地での反乱が相次ぎ、

これらはすべて当平家の身の上のことでございますので、

歌の道をなおざりに考えていたわけではありませんけれども、

以前と変わらずこちらにお伺いすることもかないませんでした。


わが君、安徳天皇はすでに都をお出になりました。

一門の運命はもう尽きてしまいました――

そのような中、勅撰集(天皇上皇の命で編集された和歌集。

この時、三位殿が撰者に任命されていた)の撰集があるだろう

ということを承りましたので、生涯の名誉に一首でもご恩をこうむり、

入れていただこうと考えておりました。

しかし、すぐに乱が起こって、その沙汰もなく中止になったこと、

私にとって全く大きな嘆きとなっております。

世が治まりましたならば、勅撰のご沙汰がございましょう。

ここにあります巻物の中に選ばれてふさわしい歌がありますならば、

一首でもご恩をこうむり入れていただいて、草葉の陰にても

嬉しいと思うことがありますならば、あの世からいついつまでも、

あなた様をお守りいたしたいと存じます。」


こう言って、長い間に詠んでおかれた多くの歌の中から、

秀歌と思われるものを百首書き集められた巻物を、いざ出発という時、

これを取ってお持ちになったが、それを、よろいの合わせ目から取り出して、

俊成卿に差し上げた。





薩摩守忠度の思いに、三位俊成卿はどう返答するか。

次回、いよいよ最終回です。



*参考文献『日本古典文学全集30 平家物語⑵』(小学館)



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重陽の節句

涼しい秋風が、部屋の風鈴を揺らします。
早朝、窓を開けると、
どこからともなく、もみ殻を燃やすような煙の香が漂ってきました。
ま―さんの自宅近くにはに田圃はないのですが、
薄暗に香る懐かしい匂いに、秋の訪れを感じます。



昨夜はまーさん、珍しくお酒を嗜み、
ふわふわと心地よく眠くなったところで、
そのまま寝てしまいました・・・(^^ゞ

何故お酒を飲んだか――

それは、昨日が「重陽の節句」だったからです。



九月九日は重陽の節句。
菊の節句で、長寿を祈る日です。昔は旧暦で数えたので、
ちょうど菊の花盛りでしたが、新暦のこの時期は、菊にはちょっと早いかも。
平安の時代、宮中では菊を飾って鑑賞したり、盃に菊の花びらを浮かべて
酒を飲んだり、詩歌を詠み合ったりと雅に過ごしたといいます。
また、さらに昔には収穫祭の意味合いの濃い行事で、栗の節句と呼ばれ、
栗ごはんなどで祝い、感謝を捧げたともいわれます。

『日本の七十二候を楽しむ―旧暦のある暮らし―』
(文 白井明大 絵 有賀一広  東方出版)より。




江戸時代、幕府が公的行事として定めた五節句は、

人日の節句(1月7日)
上巳の節句(3月3日)
端午の節句(5月5日)
七夕の節句(7月7日)
重陽の節句(9月9日)

です。明治時代に廃止され、今では民間の年中行事として
私たちに馴染みの深いものです。

しかし「重陽の節句」だけは、
現在あまり重きを置かれていないように思います。
新暦になり、菊の花の季節とズレてしまったからでしょうか。
あるいは、比較的、子供が参加しにくい行事だからでしょうか。

節句は中国から伝わった風習で、
かの国では、奇数は縁起の良い陽の数字とされています。
ですから、一番大きな陽の数字「9」が重なる9月9日を
「重陽の節句」と呼ぶのです。



平安時代に「重陽の節会」として宮中行事となったこの節句が、
まーさんにはとても趣深く、風流に感じられます。

そこで昨日は、上記の本の言に従って、
菊の花びらを浮かべたお酒と、菊花、栗ご飯を用意してみました。



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菊花を浮かべてみました。あくまで我流ですが・・・



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栗ごはん。ですが、今日は「山菜栗おこわ」にしてみました。おこわ大好き^^



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菊の花を買ってくるのを忘れたので(^^ゞ食用菊を浮かべて飾りました(笑)




お酒も栗おこわも美味しくて、ついついお腹いっぱいまで食べて飲んでしまい、
そのまま撃沈であります(*_*)

というわけで、ブログの更新は昨日のはずが、今朝となった次第でございます――





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まーさん超訳『平家物語~忠度都落ち~』その一

まーさんは、八月終わりの四国旅行で
『平家物語』ゆかりの地をいくつか巡り、
平家がこれまで以上に身近なものとして
感じられるようになりました。


今日は、以前のお話通り、
小学唱歌「青葉の笛」二番の出典である、
『平家物語』巻第七「忠度都落ち」を、
まーさん超訳でお送りしたいと思います。
本エピソードも、日本人の心を打つ「あはれ」の物語です。







『平家物語』 巻第七「忠度都落ち」 その一




 薩摩守・平忠度(たいらのただのり)は、どこから帰られたのであろうか、

侍五騎・童一人を連れ、自分と共に七騎でもって引き返し、

京都五条の三位・藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)卿の

お屋敷にいらっしゃった。


忠度がご覧になると、お屋敷の門は、扉をしめて開かない。

門前で「忠度」と名乗られると、家の中では「落人が帰って来た!!」

と言って、人々が騒ぎ合っている。


薩摩守忠度は馬から降り、自ら大声でおっしゃることには、

「心配なさらないで下さい。ただ三位殿にどうしても申したいことがあって、

忠度が帰って参っております。門をお開きにならないにしても、

この近くまで、どうかお寄り下さい。」


忠度がこう言われると、俊成卿は、

「ここに来られるだけの、事情がおありなのだろう。

その人ならば、差し支えあるまい。門を開けてお入れしろ。」

と言って、門を開けてお会いになる。


忠度のご様子は、何ともなく哀れである。





平忠度は、平清盛の異母弟。歌人としても優れており、
『千載和歌集』(天皇・上皇の命により編集された勅撰和歌集の一つ)
の撰者・藤原俊成に師事していた。

都を落ちる前に、危険を承知で師のもとを訪れた忠度の意図とは・・・



次回に続きます。


*参考文献『日本古典文学全集30 平家物語⑵』(小学館)


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『風の又三郎』

9月1日(二百十日)になると思い出すのが、
宮沢賢治『風の又三郎』です。

しかし皆さま。
今日はもう5日で、日付は完全にズレています・・・(苦笑)

ではありますが――
近頃の台風並みの荒天に、
どうしてもこの童話が思い出されてならないので、
ここに書き綴ってみました。



『風の又三郎』は、
転校生・高田三郎の不思議な登場から始まります。

谷川の小さな小学校――
9月1日、始業式の教室には、
何故だか、都会風の見知らぬ少年・高田三郎が、
ぽつんと座っています。

田舎の子供達にとって突然現れた彼の存在は、
新学期の胸の高鳴りとあいまって、
期待と不安の象徴として認識されていきます。

そして、そんな心の決着点を、
子供達は次のように見い出すのです。
「あいつは、二百十日でやって来た風の精、
“風の又三郎”だ」と。



どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんもふきとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう

谷川の小さな学校に、見知らぬ赤い髪の少年がやってきました。
風がどうと吹いて、
教室のガラス戸がみなガタガタ鳴り、
うしろの山の萱や栗の木は
青じろくゆれています。
その子が、にやっとわらったようでした。
―――あいつは風の又三郎だぞ!

(『風の又三郎』宮沢賢治 著 旺文社文庫 裏表紙より)




高田三郎と、風の又三郎。
これらはいわば二重写しとなり、
子供達の心に「異人」との遭遇体験として
深く刻まれていきます。

9月12日、雨風の強い朝、子供達が学校に行くと、
高田三郎は父の仕事の都合でまた転校したと、
先生から聞かされるのでした。
風にガタガタ鳴る窓ガラスの音を聴きながら、
子供達は、
「やはりあいつは、風の又三郎だったのか・・?」
と、互いの心を探り合いつつ、
物語は終わります。



宮沢賢治。37歳の若さで亡くなった天才作家。
生前はほとんど無名で、
存命中に出版された本は『春と修羅』『注文の多い料理店』
の2冊のみですが、その後万人の認めるところとなり、
現在のような評価が定着しました。

宮沢賢治は、まーさんの大好きな作家。
学生時代、賢治の出身地・岩手県にも赴いて、
ゆかりの地をたくさん巡りました。



ところで。
岩手県と言えば、
現在大ブレイク中のNHK朝の連続ドラマ
「あまちゃん」
この舞台は、岩手県北三陸地方です。

お気づきの方もいらっしゃっると思いますが、
本ドラマの中に何度も登場するBGMに、
宮沢賢治作詞作曲「星めぐりの歌」があります。
まーさん、最初に聴いた時、
「あれ~どっかで聞いた曲・・・ああ、「星めぐりの歌」だ~~!!」
と驚きました。さすがクドカン、ちゃんと岩手県ゆかりの歌を
盛り込んでいますね。(あ、もしかしたら、こういう選曲は
脚本家ではなくて、音楽担当の人がやるのでしょうか??)



「星めぐりの歌」は、
賢治の『双子の星』『銀河鉄道の夜』に登場します。

『銀河鉄道の夜』は
ご存知の方も多いと思います。
当時大事件として話題になっていた、
タイタニック号沈没のエピソードも
盛り込みつつ、生と死、ほんとうの幸せ、
家族、友情等について描いた、
美しくも幻想的な作品です。

映画化もされています。
ますむらひろし氏の漫画を、杉井ギサブロー監督が
アニメーションにしました。
こちらも(登場人物はネコの顔になっていますが)大変美しく、
細野晴臣氏の不思議な音楽も素晴らしく、
原作に忠実な、幻想的な作品となっています。



話は飛びましたが、NHK「あまちゃん」、
機会がありましたら是非一度ご覧ください。
まーさんは朝ドラ、ほとんど見たことがなかったのですが、
種市浩一役の福士蒼汰くんのファンなので
(おいおい・・)、
「あまちゃん」は最初からずっと見ています。
(年甲斐もなく、スイマセン(汗)息子がハマっていた
「仮面ライダーフォーゼ」、そのフォーゼ役が福士くんだったのです。)



では、ご参考までに「星めぐりの歌」
お聴き下さい。







いかがでしたでしょうか。



『風の又三郎』から話は転々としましたが、
二百十日(立春から210日目。台風の多い季節)と言えばこの童話。

台風・異人という、非日常との出会いがもたらす不安と高揚感が、
子供達の方言に乗せて、鋭く描かれています。

つくづく、宮沢賢治は天才だと思う次第であります――


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四国日記―讃岐・阿波・土佐― その3

四国日記も今日で最後。

それでは、三日目の旅をお伝えいたします。





朝の露天風呂。
朝食の前に一番で入ります。
ケーブルカーに乗って、遥かかなたの河原まで下ります。5分かかります。

車内では、案内のアナウンスが流れています。
BGMは、まーさんの大好きなドビュッシー。
行きが「亜麻色の髪の乙女」、帰りが「月の光」です。

ケーブルカーが到着すると、更に階段を下って河原まで。
そこに男女別れた露天風呂があります。
扉を開けると、ざあっと流れ出る単純硫黄泉のお湯。
少しとろんとした泉質で、硫黄の香りが仄かにします。
温度は39℃と低めなので、川のせせらぎを見ながら、いくらでも入っていられます。
川の音、森の香り、とろとろの温泉・・・

ああ~~~極楽・・・湯から出たくない。

名残は尽きませんが、湯から上がって朝食です。
肌がつるつる、すべすべ。ここに住んで毎日このお湯に入りたい!!
きっと健康にもいいのだろうなあ。




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というわけで朝食。今日も豪華です。





こうしてホテルともお別れです。スタッフの皆さん、
本当にとても良くして下さいました。
ありがとうございます。また来ます!!






今日最後の日は徳島県・大歩危小歩危峡と、高松市内の観光。
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まずは、有名な「かずら橋」
平家の落人が、追手から逃れるために
すぐに切り落とせる橋を作ったという由来。
現在は、ワイヤーで補強されているというものの、
下を見ると、遥か彼方に轟々と流れる川。
はっきり言って、コワいデス(大汗)
息子と私、そろそろとつかまり歩きをして、やっと向こう岸に到着(^^ゞ






川を渡ると「琵琶の滝」があります。
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こんな難所を落ちてきた、平家の人々に思いを馳せます。

近くの河原で少し遊んで、出発。
その前に、「まだ遊びたい~~」と泣いてごねる息子を
静かにさせるため(苦笑)食べ物を購入。




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祖谷名物「でこまわし」
上から、じゃがいも・石豆腐・こんにゃく、の味噌田楽です。
ちょっと分けてもらいましたが、すごく美味しい~~(≧▽≦)
息子の機嫌はすっかり直りました。食べ物の力って・・・





続いては、大歩危峡遊覧船。美しくも荒々しい川の流れを、
船頭さんの説明を聴きながら往復します。





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両岸の奇岩も見どころです。
息子は、鯉とカモのエサを買って、喜んであげていました。






こうして、徳島に別れを告げ、一路香川へ。
高松の観光です。

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ここは、源平「屋島の戦い」の古戦場。
平家はここで戦いに敗れ、流れ流れて遂に
壇ノ浦で滅亡の道をたどります――





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続いてやって来たのは、玉藻公園(高松城址)
城の名残が感じられる、美しい庭園をしばし散策。
内堀にはなんと鯛がいて(驚)、鯛にエサやりが出来ます。
もちろん息子は、3回もやっていました(お約束・・・)




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こんな感じです。







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そうそう、忘れていましたが、
ここに来る前に「最後に一発うどんをば」
ということで、うどん、食べました!!これまた美味しかった~~






こうして楽しかった旅行は終わりました^^

美味しい郷土料理と、美しい風景、
平家ゆかりの地をはじめとする歴史的名所、
優しい人々との出会い。
(先日書き忘れましたが、高知の路面電車で、
 とても親切に案内をして下さったご婦人がいらっしゃいました。
 電車の乗り方、乗り換えの方法、乗換先の停留所の案内・・・
 いろいろ教えて下さり、本当に助かりました。ありがとうございました。)

お陰様で、楽しい旅の思い出が出来ました。

当ブログでも、旅行にあたり様々にお声をかけて下さった皆さま、
心より感謝いたします。




3回にわたり、お付き合い下さった皆さま、ありがとうございました!!
日本の素敵な風物が、多少なりともお伝えできたとすれば、幸いです。




ということで、これはオマケ。
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まーさんが買ったお土産。大量です(笑)
夫と息子が買ったお土産を合わせると、もっともっとすごい量に・・・





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四国日記ー讃岐・阿波・土佐― その2

今日も朝から暑いです・・・(汗)

さて四国日記、二日目の旅をお伝えしたいと思います。



朝、夫と息子はケーブルカーで五分下ったところにある
露天風呂に向かいます(写真)
その間まーさんは、部屋に備え付けのCDを聴きながら、
マッサージチェアでくつろぎます(笑)
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部屋のCD。モーツアルト、ヨー・ヨー・マ、ビル・エヴァンス、
エンヤ、そして”ONSEN”
くつろぎの時間にふさわしいラインナップ。
まーさんはヒーリングミュージック”ONSEN”を聴きました。




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朝食。この他、古代米の雑炊、ご飯と味噌汁もありました。
鮎の甘露煮が美味しかった。




食事の後、観光に出発。今日は高知県です。


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ホテルを出てすぐのところにある「小便小僧」の像。
つい先日の24時間テレビでも取り上げられたとか。





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今日のメイン、土佐闘犬。
ここは全国で唯一、常時闘犬を見られる場所です。
動物好きの息子を、是非とも連れてきたかった(^^)

会場に入ると、柵の付いた丸い土俵があり、そこで闘いが行われます。
横綱の土俵入りの後、中型犬の闘犬が始まりました。
声を立てず、首にかみついたり、組み合ったり、押し合ったり。
「本当に相撲なんだね。もっと血を流したりするものかと思っていた」と夫。
勝負は、両者声を立てず時間となり、引き分け。
息子は「面白かった!!かっこよかった!!」と大満足の様子でした。
お土産に、横綱土佐犬のぬいぐるみを買って(買わされ??)ました(笑)

闘犬の模様は、ネットにアップすることが禁止されているので、代わりにこちら。

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土佐犬の仔犬。ふれあいタイムで、存分になでなですることが出来ました(^^)





続いて桂浜。坂本龍馬の像があります。
浜は波が荒いので、近づくことは禁止されています。
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そして昼食。向かったのはひろめ市場。
郷土料理を始め、様々な料理の屋台やお土産屋が集まっています。
ここで、名物”カツオの塩タタキ”をいただくことに。
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藁焼きの実演販売。
焦げた皮が香ばしく、身は全く臭みがなく口の中でとろけます。
塩で食べられるのは、新鮮だからとのこと。
――これは、超絶的に、うま~い!!!
亡母が、カツオのたたき大好きでした。連れてきてあげたかったなあ~~。





続いて市内観光。
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高知城。夫の大好きなお城です。
天守閣からの眺め、最高でした。





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これまた夫の大好きな路面電車(鉄オタなのです・・)
土佐の路面電車は日本で一番古いのだとか。
これに乗って向かったのは・・・




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有名な「はりまや橋」
道ならぬ恋。浪漫ですな・・・





そしてホテルへ戻りました。
電灯のない、薄暗い山道をひたすら運転して、到着は7時(@_@)
すぐに夕食です。
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今日も美味しそう!!
阿波牛の焼き肉、トロトロで柔らかい(≧▽≦)





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こちらは”あめごの塩焼き”
「あめご」初めて食べました。
関東の「ヤマメ」に似ていますが、お腹のところに赤い斑点があります。
とっても美味しかったです!!





この後部屋に戻って、例のケーブルカーで露天風呂へ・・・
素晴らしいお湯でした~~(*^^)v
次の日の朝も入っちゃいました~~(笑)





長くなりましたので、今日はこの辺で。
温泉については、次回詳しくお伝えします(ひっぱるなあ・・汗)




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プロフィール

まーさん

Author:まーさん
息子と夫と私、考え方も行動もてんでバラバラな3人で暮らしています(笑)でも仲良しです。
音楽、映画、読書が好き。芸術鑑賞、外国語、旅行も好きです。ゆ~る・じゃぱんでは、日本大好きまーさんが暮らしのに漂う日本の香り・日本文化をゆる~く綴っていきます。

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