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『100分de名著 古事記 第一回「世界と人間の誕生」』

昨夜は、上野の国立科学博物館で開催されている「深海」展を見に行きました。
平日は比較的空いているということでしたが、やはり大盛況で、
息子は大人達の隙間から、「見えない~見えない~」
と必死になって、のぞいていました(笑)
噂の「ダイオウイカ」すごかったです。実物もさることながら、
深海を泳ぐ映像も圧巻、ついでに言えば、
グッズ販売コーナーの「実物大ダイオウイカぬいぐるみ」(200,000円也)
もすごすぎました・・・

              
              ◇


ところで。本題に入ります。
NHK Eテレ東京に、『100分de名著』という番組があります。
毎月4回にわたり、古今東西の名著を、司会の武内陶子氏・伊集院光氏、
そして専門家の方一人を招いて注釈・解説するという番組です。

先月9月は、1300年前に編纂された日本神話『古事記』を取りあげていました。
「日本とは何か」
「日本人とは何か」

というまーさんの最大の関心事と言ってもよい事柄に応えてくれる番組内容で、大変面白かったので、ここにご紹介したいと思います。




今回は9月4日放映の「世界と人間の誕生」より、興味深かった部分をまとめてみます。




まず、知らなかったのですが、昨年は『古事記』編纂1300年の節目の年だったそうで、本書はちょっとしたブームになっており、なんと「古事記ガール」なるものも出現しているとか(驚)

それはともかく、『古事記』はご存じの通り、日本最古の歴史書であり、天武天皇の命により稗田阿礼が諳んじたものを太安万侶が編纂して712年に成立した書物です。
今回の指南役(専門家)は、立正大学教授の三浦佑之氏でしたが、氏によれば、本書の成立はもう少し古いのではないかということでした。




また、続いての氏のお話がとても興味深かったので、箇条書きにしてみます。
☆古代日本には文字がなく、国家もなく、
 多くの豪族がそれぞれの国を治めていた。
 そういう中で、各豪族にはそ の一族の歴史を
 代々語り伝える「語りべ」が存在
していた。
 その語りべは、
 のちの大和朝廷にも受け継がれ(稗田阿礼のように)、
 代々の歴史・神話を伝えることとなった。

☆『古事記』は
  上:神々の世界
  中:初代神武天皇~15代応神天皇
  下:16代仁徳天皇~33代推古天皇
 の3部から成っているが、
 天皇の命によって編纂されたにもかかわらず、
 天皇に批判的な記述も存在する。
 つまり、歴史を第三者的に眺めているところあり、
 そこが本書の魅力である。

☆『古事記』は長らく表舞台に出ることがなく、
 江戸時代、本居宣長が注釈をつけるまでは、
 ひっそりと伝えられて
きた書物だった。

なるほどですねえ。




そしてこの後、「日本という国がどのようにして生まれてきたか」について、『古事記』の最初の記述が解説されました。

<日本の誕生>
高天の原(天の神が暮らす天上の世界)に、アメノミナカヌシ・タカミムスヒ・カムムスヒの三柱の神がなり出た。続いて男と女の兆しを持つ神イザナキ・イザナミがなり出て、国づくりを命ぜられ、島々(国)やそこを治める神々を沢山生んでいった。


三浦氏によれば、世界の創世記で使われる動詞は3つあり、「つくる」「うむ」「なる」であると言います。他国で使われる前者2つの動詞は、絶対神のような「主体」が必要なのに対し、日本の『古事記』で使われる「なる」という動詞には、主体が必要ありません。主体を必要とせず、神々も(人間も)自然になり出てきたのだという発想は、おそらく日本の湿潤な気候の中で、植物が自然にどんどん育っていく様子を見て生まれたのではないか、と氏は述べられていました。これは別の言い方をすると、日本という国は「あるがまま」で「主体性がない」ともいえると、氏は仰っておられました。

「主体を必要としない」とは、日本の特性を考えるうえで、非常に重要なキーワードだと思います。例えば日本語は、英語のように主語がなくても成立しますし、日本人の物の考え方や文化のあり方は「主体を必要としない」所から出発している部分も大いにあるような気がします。
日本及び日本人を考える手立てとして、この『古事記』を読み解くというのは、非常に有効であると、まーさんは改めて思いました。





<イザナミの死と新たな神々の誕生>
次々と神々を生み出していったイザナミは、最後に火の神ヒノカグツチを生むが、その時のやけどが元で死んでしまう。怒りに狂ったイザナキはヒノカグツチの首を斬り、イザナミと呼び戻すため黄泉の国へと向かう。黄泉の国でイザナミに「地上へ戻ろう」というとイザナミは「こちらの神にお伺いを立てますので、決してこの中を覗かずに待っていて下さい」と言う。しかし、待ちきれなかったイザナキは、約束を破って中をのぞいてしまう。すると、そこには見るも無残な、ウジの湧いたイザナミの体が。約束を破ったイザナキに怒ったイザナミは、「逃げるなら地上の人間を1日に1000人殺します」と言いながら追いかける。一方イザナキは「それなら私は1日に1500人の命を誕生させよう」と返す。そうして辛くも逃げ延びたイザナキは、死の汚れを祓うみそぎを行い、そこで三柱の貴神、アマテラス・ツクヨミ・スサノヲを生み、更にこの後は、一人で沢山の神々を生み出してゆく。


ご存じ、世界中の神話や昔話にたびたび登場する「見るなの禁忌」のお話です。この話から、三浦氏は次のようなことを指摘されていました。
「ヒノカグツチを生んだ時イザナミが死ぬ」という話は、「死=新しいものを生み出すための犠牲」であることを表しており、実際イザナキは、イザナミの死後、今後中心となってゆく素晴らしい神々・三柱の貴神を生み、更に一人で沢山の神々を生んでゆく。死によって新しい生が生まれてくることが、ここに表されているのだ。




三浦氏は最後に、「神話とは、古代人が「自分達がなぜここに生きているのか」を考え、「世界の成り立ち」を考え、「自分の生死を受け入れる」ための、古代人なりの知恵・哲学・教えであった」と述べられています。




今回の放映で、まーさんが最も興味深かったのは、「なる」という動詞に象徴される、日本及び日本人の「主体を必要としない」あり方の考察です。三浦氏は、「絶対神がいないことも日本の特徴」と仰っていましたが、それもこれも皆、氏の考えに照らし合わせてみれば、植物のおい出てくる有様にすべての事象を重ね合わせて見出してきた、古代日本人の心のありようを、端的に表していると言えるでしょう。

しかし、一概に「日本人」と言っても、よく言われるように、日本には南方系の縄文人と、北方系の弥生人の2つの流れが存在します。果たして『古事記』では、この問題はどのように描かれているのでしょうか。
これについては、次回以降の放映で、詳しく考察されています。




次の記事では、第2回「文化と農耕の起源」(9月11日放映)について綴ってみたいと思います。


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No title

深海って魅力的ですよね。
むかし、LD買ったりしたんだけど、ダイオウイカは見逃しました。
実物大ぬいぐるみ?
そして神話のお話はタイムリー。
今夜は伊勢神宮外宮の遷御の日です。
なんか、すごく人が集まっているらしいです。

コメントありがとうございます

鍵コメ様

大変ご丁寧なコメント、ありがとうございます。
ただもう、その博学ぶりに驚くばかりです。

「記紀」に関する天武天皇の意図、
また明治から第二次大戦までの神道の政治利用、
まさに、歴史は造られるものだと改めて思いました。

『100分de名著』の三浦佑之氏も
「歴史は一つではない。見る人語る人で全く異なる」
と述べておられます。

ワタクシにとって『古事記』は「文学書」であります。
語り部を通して綴られた、歴史文学。
そのきわめて構造主義的な神話構造に、
大変興味を覚えます。

ひとくちに日本人と言っても大変複雑であり、
ワタクシの知識と理解、分析力では到底語りつくせる
ものではありませんが、
今回三浦氏の解釈する『古事記』を通して、
少しでも「日本・日本人」について
たとえその一部分であっても何らかの理解が得られればと思い
ブログに取り上げた次第であります。

続きの3回につきましても、今後拙ブログにてまとめる所存ですので、
もしもお時間がございましたら、
三浦氏の解釈する文学としての『古事記』がどのようなものか、
ご覧いただけましたら幸いです。

Re: No title

こみ様

「深海」展、面白かったです!
金曜の夜なので、平日にもかかわらずかなりの混雑でしたが、
うわあ、とか、うおおとか言いながら、楽しめました(笑)

実物大ぬいぐるみ、
実は一番びっくりしたのはこれかもしれません・・・(^^ゞ
他の人々も
「マジで?!」「20万円!!」とか叫んでました。

伊勢神宮の一連の儀式、
全国から沢山の人々が集まり、すごいですね!!
地元の方にとっては、どうなのでしょう。
道の混雑など、
やはりいろいろ大変なことも多いですか??

No title

「日本人の物の考え方や文化のあり方は「主体を必要としない」所から出発している部分も大いにある」というご意見、私もそう思います。

西洋ではまず主体があって、自分の外に他者を「つくる」とか「生む」という感覚で、最初から主体と客体とが分かれているところで世界生成も行われている感じですよね。一方、日本人の感覚では、もともと主客の別がないところから、それぞれのものが分かれて成り立っているように思います。例えば、「分相応」「天分」「性分」と言った言葉使いからも、そんな感じがします。
主体性の有無は、豊かな自然環境と人間が一体になっているのか、厳しい自然に対峙しているのか、といった違いと関係があるのでしょうね。

この後の記事も楽しみにしています!

Re: No title

Ariane様

主体性の有無は自然環境と関係があるとのご指摘、
その通りだなあと思います。

人間の言語、文化、宗教などは、その民族が対峙している
自然環境抜きには語れないのではないかと思うことがあります。
体系だって研究したわけではないので、
あくまでもカンのようなものです(笑)

こういうことを追及していくと、
人間とは何か、地球とは何か、宇宙とは何か・・・云々と
際限なく思考が暴走し、留められなくなって大変です(^^ゞ

No title

古事記好きです~。
幼少時代に与えられた本です。
(ディズニーの絵本などに混ざって古事記が!)

中でも印象的なのは、イザナギイザナミ神話です。
黄泉に迎えに行くくらい愛し合っていたご夫婦が、憎み合ってしまうのが不思議で。
幼いながらも「いつ仲直りするのかな~?はやく仲直りできると良いですね~」と言って、祖父を苦笑させた記憶があります。

高尚な考察の感想がこんなのでごめんなさい~!

Re: No title

くるみ様

幼少時代に古事記を与えて下さるとは、
さすがくるみさんのおじいさま・おばあさまですね!!
幼いころからの、そうした心豊かな環境が、
今の素敵なくるみさんを生み出しているのですねえ…
素晴らしいデス^^

イザナミ・イザナキ神話、特別心に残る話です。
「いつ仲直りするのかな~」って、可愛らしいですね♥
愛するイザナキに醜い姿を見られたイザナミの悲しみと辛さ、
それゆえの怒りの気持ち、
自分にはない感情ですが、彼女の気持ちを推し量ることは、
何となくできる気がします・・・。
プロフィール

まーさん

Author:まーさん
息子と夫と私、考え方も行動もてんでバラバラな3人で暮らしています(笑)でも仲良しです。
音楽、映画、読書が好き。芸術鑑賞、外国語、旅行も好きです。ゆ~る・じゃぱんでは、日本大好きまーさんが暮らしのに漂う日本の香り・日本文化をゆる~く綴っていきます。

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