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長篠古戦場&豊川稲荷

皆様こんにちは。

10月19日と20日、まーさん家族は小旅行に出かけました。
夫の企画「長篠古戦場&豊川稲荷ツアー」
でございます(笑)

戦国時代(特に武田信玄)が大好きな夫の、
趣味丸出しの旅行です(^^ゞ
豊川稲荷は、戦国時代とは関係ありませんが、
まーさんの話(昔友人とここの宿坊に泊まった)
を聞いた夫が興味を持ち、
古戦場とセットでお参りすることにしたようです。

大量の鉄砲を用いたとして有名な「長篠の戦い」
日本三大稲荷である霊験あらたかな「豊川稲荷」
本日は、この二つを巡る旅行の様子を、
写真と共にご紹介したいと思います。




まずは東京駅から新幹線で、豊橋駅に降り立ちました。
ここでレンタカーを借り、長篠古戦場に行く予定でしたが、
その前にちょうど昼食時・・・
あらかじめ調べておいた、名物「菜めし田楽」を食すべく、
市電に乗って老舗「きく宗」へと向かいました。
「きく宗」はガイドブックによると、
江戸時代より約200年の歴史を持つ、菜めし田楽の老舗。
店は、構えも店内も非常に風情があり、とても雰囲気のあるお店です。
菜めし田楽定食を頼んで、しばし寛いでいると、運ばれてきました。
美味しそうな定食。

これです。
IMG_0016_convert_20131022153832.jpg

菜めしとは、刻んだ大根葉をご飯に混ぜたもので、
田楽は、香ばしく焼いた豆腐の上に、
八丁味噌タレと辛子が乗っています。

田楽に辛子をつけて食べるのは、まーさんお初でした。
アクセントになってとても美味しかったです。
あっさりした菜飯と濃い味の田楽がとてもよく合い、
「江戸時代の人もこれを食べたのかなあ」
などと思いつつ、幸せなひと時を過ごしました。


続いてレンタカーで長篠古戦場へ。小雨がぱらつく曇天でしたが、
道も混んでおらずスイスイと走ります。
とその時、道路上に看板が。
<武田信玄 最後の城攻め(云々・・) 野田城址>
車で走りながら見たので、
ちょっと読み取れないところもありましたが(^^ゞ
そんなことが書いてありました。
「ねえねえ、野田城址ってあったよ」
と運転中の夫に伝えると、即座に反応(@_@)
Uターンして、野田城址へと向かったのでした。


お城の入り口には、「野田城址」と「野田の戦い」について、
説明の看板がありましたが、雨のため、
ゆっくり読むことも写真を撮ることも出来ませんでした(;_;)
しかし、さすが戦国・武田オタクの夫は、
この「野田の戦い」についても詳しくて、
色々うんちくを述べていましたが、
まーさん、複雑すぎてよく分かりませんでした・・・(汗)
城の跡である山の中に入ってみると、空堀の跡などが残っています。
なぜか小さな「野田城稲荷」の祠がたてられていたので、
手を合わせてから記念に写真を撮ってみましたが、
写った写真は白くぼやけてブレています。
そのあと続けて写真を撮ろうとしたのですが、
どうしたわけかフリーズ・・・
「買い替えたばかりのiPhoneよ、
まさか、もう壊れたのではなかろうな!!」
と心の中で叫びましたが全く動かず・・・
怖くなったので、電源を切って、
車にそそくさと戻りました(大汗)
というわけで、「野田城址」の写真はありません・・・
(その後電源を入れ直しましたら回復しました。良かった)
軍事的に非常に重要かつ、武田軍と籠城戦も行ったぐらいの
野田城ですから、
この地には戦国人の様々な思いが、今も渦巻いているのでしょう・・・
そんな気がいたしました。


そしていよいよ「長篠古戦場」です。
まずは設楽原歴史資料館で、大量の火縄銃を見学しました。
実際に火縄銃を手で持てるコーナーもあり、
息子は喜んで、ずっと持ったまま構えて遊んでおりました(^^ゞ
まーさんも持ってみましたが、とても重たかったです。
その後、資料館近くに復元された、馬防柵(戦国時代最強と恐れられた
武田騎馬軍団に対抗するため、織田信長が考案した)を見学し、
長篠城址へと車を走らせました。
この日は時間がなかったので、「長篠城址史跡保存館」は
翌日見学することにして、
とりあえず城址の各所を見て回ることにしました。

IMG_0033_convert_20131022154031.jpg

IMG_0036_convert_20131022154105.jpg

こうして古戦場を眺めると、当時の面影や人々の思いが
そこはかとなく感じられ、
遠い日本の戦いに、思いを馳せる雨の夕刻となりました。


というわけで、この日の観光はおしまい。
宿のある、湯谷温泉へと向かいます。
夜は、少し塩気の感じられる、素晴らしい泉質の温泉と、
野趣あふれるお食事を堪能し、眠りにつきました。

IMG_0042_convert_20131022154140.jpg
この後、鮎塩焼き・松茸の天ぷら・松茸ご飯(お代わり自由!)・
松茸土瓶蒸し等が出て、まさに松茸づくし!!
香りを存分に味わいました^^


と、つらつらと書いているうちに長くなってしまいましたので(汗)
続きはまた次回。



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非公開コメント

No title

歴史を辿る旅、ご夫婦で理解しあえるって素敵ですねv
私もそんな夫婦になれたら良いなって憧れます。

iPhoneの誤動作は、なんだかホラーですが、
怖い写真が撮れちゃうよりは良かったかと!

寒くなってきましたから、温泉もいいですねぇ。
旅したくなっちゃいました♪


No title

まーさん、こんにちは♪
まーさんのブログはいつも日本史がたっぷりですね。
全部頭に入れば、そうとうな日本文学通になれます。
それを全て解説できるまーさんは凄いですね。
海外旅行もそうですが、その場の歴史を学んで旅行をすると、楽しさも増えますよね。
あと、美味しいものと.^^。

古戦場にて・・・。

まーさん様

長篠古戦場ですか、これは趣き深いですね。
私もご主人同様最も好きな戦国武将の一人が、信玄です。

この地はご主人、ご贔屓の武田家滅亡への重大な決戦場でした。
勝頼はなぜ負けたのでしょうか。
騎馬隊が思うように展開できない設楽原に織田方によって、巧妙に誘い出されたからでしょうか、或いは、正当な後継者でない勝頼は織田軍に勝つことによって家臣団・一門衆に力を誇示しようと思って焦っていたからでしょうか、或いは、 織田信長の指示で鉄砲隊が雑兵に構わず武将を狙って射ち殺し、それによって、武田軍が動揺したと言われるこの戦法が功を奏したのでしょうか・・・ご主人は古戦場を眺めながら、こういったことに想いを巡らされたことでしょう。

これらには全て一理あり、また、これらが重なり合って敗戦となったとも考えられます。しかし、最も本質的なことは騎馬隊で突撃するのみの戦法は既に時代遅れで、組織的な鉄砲隊が不可欠であると信長は気付き、勝頼は気付かなかったことでしょうか。
応仁の乱で足軽というものが登場してから、武士のみの一騎打ちを中心とした戦いから、庶民も動員した集団戦に変わってきました。すなわち、より高い戦術が必要とされる時代になってきたのでした。時代を読み取る力、大局を読み取る力です。

勝頼は父親の信玄からも軽率だと評されるように、一勇の将ではあったが、全軍を指揮すると共に大局を見渡す事が必要な大将の器量はなかったのではないのでしょうか。信玄が謀反の疑いありとして長男の義信を殺してしまったのが敗北のそもそもの原因かもしれません。

あまり戦国時代、戦ごとには興味のない女性、まーさん様には今回のご旅行、「いまひとつ」だったかもしれませんね。
でもご主人はきっとご満悦のことでしょう・・・。

Re: No title

くるみ様

夫婦がそれぞれ違う趣味を持っていると、
互いの趣味に感化されて、また新たな世界が広がったりして、
とても面白いデス^^

くるみさんもきっと、ご結婚後はそんな面白さや発見を
沢山なさることと思います!!
今から楽しみですね~~。私まで楽しくなってしまいます(^^ゞ

ワタクシの家族は、全員「温泉好き」なので、
旅行では必ずと言っていいほど、温泉宿に泊まることが多いです。
息子が生まれる前は、”信玄かくし湯”で有名な下部温泉に、
何度も行きました~~(やっぱり信玄)
この温泉は、つげ義春氏『ゲンセンカン主人』のモデルともなっています。
いやあ、懐かしいですね^^

Re: No title

yoyo様

おはようございます^^
ワタクシ、日本文学のことは多少わかるのですが、
夫の好きな戦国時代については、学校で習うくらいの
知識しか持っていませんので、
彼の話はほとんどすべて初耳状態・・・(^^ゞ
へえ~~~、ほお~~~、とひたすら感心しながら
聞いております(笑)

yoyo様のおっしゃるように、旅行先の歴史を学んでから旅すると、
知識と重ね合わせて、色々な想像も膨らみ、感慨もひとしおですね~~。

あと、美味しいものも欠かせませんね!!




Re: 古戦場にて・・・。

ハゼドン様

なるほど、そういうことですか~~!!
武田軍敗北の原因は、勝頼の大将としての力量不足と、
織田軍の鉄砲による攻撃のすさまじさにある、
と単純に思っていましたが、本質的には
「勝頼が、時代の流れと大局を見切る力を持っていなかった」
ことににあるのですね。

あれほどの威勢を誇った武田軍が滅びてしまったこと、
なんとも残念です。
もし、野田城攻めの後も、信玄が生き残っていたとしたら、
日本の歴史はどうなっていたのでしょう??
歴史に「もし」はありませんが、そんなことを考えたりします。

戦国武将についての夫の話を聞いていると、
「歴史に学ぶことは多い。にも拘らず、我々はそれを生かし切れていないなあ」
といつも感じます。

No title

ご夫婦揃って歴史に詳しいとは、素晴らしいですね。
私のiPhoneもよくフリーズしますが、
場所が場所だけにちょっと怖いですね。

楽しい家族旅行、美味しいご馳走、見せていただいているだけで嬉しくなりました。そろそろ日本が恋しいです。

Re: No title

凛様

ワタクシは夫と会うまで、戦国時代に全く興味がなかったのですが(笑)
話を聞いているうちに「面白いなあ」と思うようになりました。
夫のほうも、ワタクシと会うまで文学には全く興味がなかったようですが、
今では太宰とか川端とか、そんな話もするようになってます。
互いに趣味がカブって来るんですね~~

凛様のiPhoneもフリーズしますか!!
ワタクシだけじゃなかったんですね、良かった。
あんな風に固まって、うんともすんとも言わなくなったのは
初めてだったので、かなりびっくりしました~~

凛様のオーストラリア紀行も、とても素敵で
スピな記事ももちろんですが、
日常生活や旅行の記事もひそかに楽しみにしています^^

息子君は?

どうしたの?って思ったら、火縄銃のところで
出て来て、なんだか安心(?)。
重いんですか?4kgで、どや?
↑どや?って言われてもぉ・・・・

私、あまり(ってのか、まるで)歴史には疎いもので
フ〜〜ンって聞いてるフリして聞いてないだろうなぁ。

家族旅行って良いですなぁ。

Re: 息子君は?

マルボーズ隊員様

そうそう、
今回の記事、我が息子の出番が
少なかったですよね~~珍しく( ゚Д゚)

小学生だから、歴史には全く興味なく
(当たり前か・・・)
温泉とマツタケご飯では、盛り上がってました~~!!

No title

旦那様は、武田信玄好きなんですね。
自分も戦国史が好きで、なかでも武田信玄と北条氏康が好きでして、以前は山城巡りをしてました。
長篠城にも一度行ったことがあります。

武田信玄と北条氏康は、人心掌握にとても心を砕いた人らしく、信玄は、今のフレックスタイム出社のようなことも取り入れていたと聞いたことがあります。

今後も武田ネタが取り上げられること楽しみにしております。(笑)

Re: No title

ドナ夫様

ドナ夫様も、武田信玄と北条氏康がお好きなのですか!!
やはり男性は、戦国時代のファンが多いのですね。
山城巡り・・・う~ん、ウチの夫とお話が弾みそうです(笑)

信玄がフレックスのようなものを採用していたとは!
初めて知りました。さすがの武将ですねえ~~~

今後もおそらく、武田ネタ・戦国ネタは
ちょくちょく出てくると思います(^^ゞ

来年の大河は黒田官兵衛ですし・・・
夫は官兵衛大好きで、私は岡田君が大好きなので(汗)
日曜夜8時はTV前に集合、ですね・・・(^-^;
プロフィール

まーさん

Author:まーさん
息子と夫と私、考え方も行動もてんでバラバラな3人で暮らしています(笑)でも仲良しです。
音楽、映画、読書が好き。芸術鑑賞、外国語、旅行も好きです。ゆ~る・じゃぱんでは、日本大好きまーさんが暮らしのに漂う日本の香り・日本文化をゆる~く綴っていきます。

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