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まーさん超訳『竹取物語』~くらもちの皇子と蓬莱の玉の枝③~

今日の読売新聞「編集手帳」に、詩人・吉野弘氏の訃報が掲載されていました。

吉野氏は、まーさんの大好きな詩人の一人です。皆さまも高校時代、現代文の教科書にて氏の「I was born」という詩を読んだご記憶がある方も、いらっしゃるのではないでしょうか。
かくいうまーさんも、高校時代この詩に出会い、「我々の誕生は、受け身(生まれる)の出来事なのだ!」という≪僕≫の発見に同じように興奮し、蜻蛉の話・≪僕≫の亡母の話に、命の切なさを感じたのでした――

吉野弘氏の詩、有名な「祝婚歌」「夕焼け」なども大好きな詩の一つですが、久々に氏の全詩集を読み返してみたいと思った次第であります。――心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

                   ◇
 


まーさん超訳
『竹取物語』~くらもちの皇子と蓬莱の玉の枝③~



《あらすじ》
こうしているうちに、見慣れぬ下男たち六人が、連なって庭にやって来た。中の一人が文挾み(ふみばさみ)に文を挟んで掲げ、姫に訴える。

「内匠寮の工匠(たくみつかさのたくみ)、あやべの内麻呂が申し上げます。わたくし共は、くらもちの皇子様の命にて、玉の枝をお作り申し上げました。五穀を断ち、千余日の間、全力を尽くしました。にもかかわらず、給金をまだいただいておりません。わたくしの下僕たちにも、何も与えられずにおります。」
と言って、文挾みを捧げている。

竹取の翁は、この者たちの申すことが、何のことやら分からず首をかしげている。
一方の皇子は、どうしてよいか分からぬ様子で、驚愕して座っていらっしゃる。
かぐや姫は「この工匠が差し出している文を取りなさい」と言って、それを読んでみると・・・

『皇子の君は千日の間、身分卑しい工匠たちと共に、同じ家に隠れ住み、素晴らしい玉の枝を作らせました。そして、完成の暁には私共に官職をも与えようとおっしゃいました。しかし何の沙汰もございません。そこで考えましたのは、この玉の枝は、側室として皇子にご奉公なさるであろうかぐや姫が欲しがっておいでだったということです。代わりにどうか、こちらの姫のお邸から褒美を賜りとう存じます。』
とあった。工匠は「褒美はいただいて当然です。」などと言っている。

それを聞いたかぐや姫は、ふさぎ込んでいた気持が一気に晴れた。日暮れが近づくにつれ「このまま皇子と結婚せねばならぬのか・・・」と憂鬱になっていたのだが、今や声を立てて笑いながら翁を呼んで言った。
「本当にこれが蓬莱の木かと思っていましたが、このような呆れた偽り事だったのですから、すぐにお返しして下さい。」
翁も、
「確かに、作り物と聞きましたからには、お返しすることはしごく簡単なことです。」
と頷いている。



かぐや姫の心はすっかり雲が晴れたようになり、

先ほどの皇子の歌の返歌をする。



まことかと聞きて見つれば言の葉をかざれる玉の枝にぞありける

≪皇子のの話を聞いて、本当の玉の枝かと見ましたが、

実は「金の葉」ではなく「言の葉」で飾った、偽物の玉の枝でございましたのね≫


と言って、歌と一緒に玉の枝も返してしまった。

竹取の翁は、あれほど心を開いて語り合ったのが全て偽りであったと知り、

今さらながらどうしようもないことだが、ばつが悪く思われて、

眠ったようなふりをして座っている。

皇子は、立つのも恥ずかしく、座っているのも恥ずかしいといったご様子で、

そこにお座りになっている。

そのうち日が暮れたので、皇子はかぐや姫のもとを、するりと抜け出して

おしまいになった。


かぐや姫は、あの愁訴をした工匠を呼んで座らせ、

「嬉しい人たちだこと」

と言って褒美をたくさん取らせなさる。工匠たちはたいそう喜んで、

「思った通りに願いが叶ったことよ」

と言って帰った。

ところがその途中、くらもちの皇子が工匠たちを待ち構えていて、

血の流れるまで彼らを打ち据えなさる。工匠たちは褒美を得た甲斐もなく、

皇子がそれをみな取り上げ、お捨てになったので、

そのまま逃げ失せてしまったということだ。


こうして、この皇子は、

「生涯において、これに勝る恥はなかろう。

女を手に入れることが出来なかっただけでなく、世の中の人が、

自分を見て一体何を思うか、みっともなくて居たたまれないことだ」

とおっしゃって、ただ一人、深い山へお入りになった。宮司(執事)や

お仕えしている人々は、みな手分けしてお探し申し上げたが、

お亡くなりにでもなったのだろうか、見つけ申し上げることが出来なかった。

皇子は、恥ずかしさのあまり、供の者達から姿をお隠しになろうと、

何年もお姿を見せなかったのである(が、のちに偶然、姿を現したらしい)。


この「玉」の枝の出来事から、

「たまさかに(偶然にばったり出会う)」という言葉が、言われ始めたとか。





次回に続きます。


参考文献
*『日本古典文学全集8 竹取物語 伊勢物語 大和物語 平中物語』(小学館)
*『岩波古語辞典』(大野晋 佐竹昭広 前田金五郎 編)



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Re: こんばんは

鍵コメ様

おはようございます。

とてもご丁寧なコメントをありがとうございます。
またいつも、ワタクシと息子のおかしな?やりとりを、好意的に温かいお気持ちで読んでいただき、
大変嬉しく思っております。

江戸時代――まだ幼児が5歳まで生き延びるのが困難だった時代、子供は皆の宝として、ご近所ぐるみで大切に育てられていましたね。
現代はともすると、子を持つ親は自分の子供だけにかまけて過干渉になり、他の子供達を見守ることを忘れがちになっているように思います。
昔に戻れ、とは申しませんが、大人達は誰しも「子供はみんなの宝」という気持ちで、周りにいる子はもちろんのこと、世界中の子供達の幸せと健やかな成長を見守り、手助けしていく必要があるのではないかと考えます。

子供達のことをいつも真摯に考え、文章に起こしていらっしゃる鍵コメ様のような方が、子供達の未来を作り、大人達の意識変革を促しているのだと確信します。

これからも素晴らしい記事を期待しております。


まーさん、こんにちは^^

まーさん、こんにちは!
吉野さんは、私の大好きな美術史家で写真家の土門拳さんとおなじ山形県酒田市出身なのですよね。
霊峰鳥海山をあおぎ見て豊かな庄内平野に抱かれ育った文士は、あんなに圧倒的に強く、深く静かに私を励まし続けてくれる言葉たちを生み出してくれるのですね。その写真版がまるで土門拳さんの芸術のように思います。

私も祝婚歌は特に好きですが、吉野さんの詩は目で見ても、合唱曲として耳で聴いても、本当に心にスッと染み込んだものでした。心の疼きや衝動を直接癒す力があったかのようでした。ご冥福をお祈りするのみです。

かぐや姫の続き、楽しみにしていましたが、
今日もたくさんの教えをいただきました。
ばったり出会う、はなるほど、これが語源だったのですね。

しかし

>皇子のの話を聞いて、本当の玉の枝かと見ましたが、

実は「金の葉」ではなく「言の葉」で飾った、偽物の玉の枝でございましたのね

このウイットには思わず吹き出してしまいました。
あっぱれかぐや姫、あっぱれまーさん!

日本語って本当に素敵ですね。繊細で、ひめやかで・・・
直接断らずとも、こんなふうに巧いお返事ができるのも日本語ならではの遊び心…みやびですね。^^

まーさん、今日もこころにしみる素敵な日記をありがとうございます。

Re: まーさん、こんにちは^^

美雨様

こんばんは^^

いつもいつも、温かく且つ知性あふれるコメントをいただき、本当にありがとうございます。
美雨様からのコメントを読ませていただいて、更新の励みとしております!!

吉野氏は、そうでした、土門拳氏と同じ山形県出身なのですよね。
「圧倒的に強く、深く静かに私を励まし続けてくれる言葉」
という美雨様のコメントに、ワタクシも「全くその通りだなあ」と首肯いたしました。
吉野氏も土門氏も大好きな芸術家です。
素晴らしい芸術というものは、いつも我々に気づきや新たな発見、そして生きる力を与えてくれるものですね。

『竹取物語』の五人の貴公子&帝のお話、最後に必ず「語源譚」があり、作者のウィットにとんだ性格を垣間見るようで面白いです^^
和歌の言葉遊びも、すごく面白いですよね。
こういうやり取りを日常的にしていた平安時代の人々、まさに「平安」の世とだからこそという気がします。
現代にも、こういうスマートな言葉のやり取り、あったらいいなあと思います!(^^)!
プロフィール

まーさん

Author:まーさん
息子と夫と私、考え方も行動もてんでバラバラな3人で暮らしています(笑)でも仲良しです。
音楽、映画、読書が好き。芸術鑑賞、外国語、旅行も好きです。ゆ~る・じゃぱんでは、日本大好きまーさんが暮らしのに漂う日本の香り・日本文化をゆる~く綴っていきます。

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